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台湾は、昔ポルトガル人に「フォルモサ」と呼ばれていました。その意味は、台湾が自然に恵まれている美しい島ということです。
だからこそ、台湾絶景やグルメなど台湾魅力をもっと多くの人に知ってほしいと思い、ブログ「多彩な台湾」を作りました。
いろいろ多岐にわたる内容ですが、ぜひ、ご覧くださいませ。





高雄の郊外にある「漯底山自然公園」を巡りましょう
今回は、台湾南部の高雄の郊外にあるスポット「 漯 底山自然公園」をおすすめします。 漯 底山自然公園は、高雄北部の海の町「彌陀」の 漯 底山にあります。 漯 底山は、高さがわずか53メートルある丘で、独特な地形によって日本統治時代(1938年)に軍事要塞として建設されました。 1946年からの国民党政府になると、 漯 底山は、「砲兵軍事要塞」として利用されました 。 その後、 漯 底山自然公園は、旧 砲兵 軍事要塞を整備し、観光スポットとして2006年から開放されています。公園は、敷地面積が広くないですが、魅力的な見所がたくさんあります。ここで海や夕日、漁港などの景色を楽しめることはもちろん、敷地にある軍事用の旧施設や独特な泥岩の地形、泥火山地形などの自然景観も見学できます。園内には、外環歩道や南横歩道、北横歩道、中央歩道などの遊歩道があります。その他、吊り橋や展望台、涼亭など施設が設けられ、一回りは約1.5時間です。近年、 漯 底山自然公園は、軍事オタクや家族連れにもぴったりな場所として訪れる観光客が増えています。 .


台湾南部の嘉義にあるレジャースポット「嘉義公園」
台湾南部にある嘉義の魅力は、郊外のスポット「阿里山」だけではなく、市内のレジャースポット「嘉義公園」にも溢れています。今回は、嘉義市の東区にある「嘉義公園」をおすすめします。 嘉義公園は、日本統治時代(1919年)に建てられた百年以上の歴史がある公園として知られています。敷地内には、「射日塔」や日本統治時代に関わる「昭和18J」史跡館、嘉義神社の遺跡や孔子廟、福康安記念石碑、台湾で有名な画家「陳澄波」の画などの見所がたくさんあり、半日観光コースとして人気があります。 嘉義市のランドマークとなっている「 射日塔 」は、元もと日本統治時代に建てられた嘉義神社の中にありました。国民党時代に入ると、ここは戦争で命を落とした軍人などの英霊を祀る場所「忠烈祠」として利用されました。その後、忠烈 祠 が火事で燃えてしまい、修復を経て「射日塔」の名で一般の方に開放されています。なぜ、射日塔の名で命名されているかというと、それは阿里山の山麓で暮らしている原住民「ツゥウ族」の「太陽を射る」という伝説からです。 伝説によると、太古の時代に


日本統治時代の歴史に触れられる「基隆要塞司令部」
日本統治時代の台湾三大軍事要塞と言えば、基隆と高雄、 澎 湖です。今回は、1903年に建てられた「基隆要塞司令部」をおすすめします。 紹介する前に、基隆について簡単にご説明いたします。基隆の旧名は、「鶏籠」と呼ばれ、台湾の北部にある港町です。なぜ、「鶏籠」と呼ばれているのでしょうか。それは、基隆にある「和平島」という離島に面している山の形が鶏を飼う容器「鳥籠」に似ているからです。また、基隆は冬に雨が多いので、「雨の都」とも呼ばれています。 基隆要塞司令部の前身は、1896年に建てられた「基隆要塞指揮所」でした。1903年に基隆要塞指揮所が拡大建築され、台湾北部の最大の軍事中心「基隆要塞司令部」になりました。軍部の統轄範囲は広くて、台湾北部の基隆、 澳 底、金山、淡水、新竹、後龍などのエリア、つまり多くの北部のエリアを含んでいました。当時、基隆要塞司令部は指揮所として利用されるほか、砲兵と工兵二つの軍事的な部門が設けられていました。1924年に司令部は基隆港を守るため、清の時代(1884年)に港の付近にある丘で建てられた「白米 甕
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