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台南の柳営で「劉啓祥美術記念館」と「劉家古厝」を巡りましょう

  • 5月2日
  • 読了時間: 5分

更新日:5月3日



台湾の魅力は大都市はもちろん、田舎にもあふれています。今回は、台湾南部の台南の郊外にある「柳」という農業の町にある「劉啓祥美術記念館」と「劉家古」をおすすめします。


柳営は、台南の北部にあり、人口が約19,800人います。自然環境に恵まれているので、農業が盛んで稲やドラゴンフルーツ、マッシュルームなどの農産物の産地として有名です。そのほか、酪農業も盛んで、「牛乳の郷里」と言われています。柳営の旧名は、「査畝営」と呼ばれ、その地名は明の時代に土地調査や屯田のため設けられた軍営の名からつけられたという話があります。日本統治時代に、査畝営の台湾語の発音は、女性の軍営という意味の「査母営」と同じだったため、区別するために柳営に改名されたそうです。なぜ、柳営という名前に改名されたかというと、それはその辺りの集落で名門である「劉家」と関わりがあります。「劉」の文字と、発音が同じ「柳」を取り入れました。これが、柳営の由来です。





ここには、緑豊な自然の風景だけでなく、劉啓祥美術記念館などのスポットもあります。台南都心からバスで30分ほどでいくことができますから、近年柳営はのどかな日帰りのスポットとして観光客に人気があります。


「劉家」は柳営の名門です。彼らのお屋敷は「劉家古」で、その中の一人が芸術家で「劉啓祥美術記念館」が2018年にできました。今回はまず、その美術館から説明いたします。


 劉啓祥氏は、台湾の美術発展に貢献した重要なアーティストで、「台湾の西洋画の父」と呼ばれています。日本統治時代(1910年)に生まれた劉啓祥氏は、柳営で最大の名門「劉家」の九代目で、当時台湾で数少ない日本とフランスに留学したアーティストでした。劉氏は、最初の奥さん「雪子」と日本へ移住したこともあります。第二次世界大戦後、奥さんと子供を連れて台湾に戻り、柳営の実家の豪邸で暮らしていました。残念ながら、奥さんは赤ちゃんが産まれたとき、亡くなりました。それから、彼は「高雄美術研究会」という組織の成立や台湾南部の芸術人材を育てるため、高雄に移住しました。その後、女性のアーティスト「陳金蓮」と再婚しました。そして、1998年に他界をしました。





 二階建ての劉啓祥美術記念館は、元々劉氏の父親「劉煌」氏が1911年に建てた「楼」という和洋折衷の建築物でした。父である「劉煌」氏が清の時代の秀才(科挙制度に合格したうえに、才能が豊かな読書人)で、日本統治時代に柳営庄の庄長として勤めたこともありました。当時の柳営にあった立派な建物「頤楼」は、ここでしか見られないですよ。特に、建築物の後ろの左側にある当時最先端の集水とろ過を兼ねた装置はお見逃しなく。





数年前に、荒れていた楼は整備され、劉啓祥美術記念館として一般の方に無料で開放されています。館内には、劉啓祥の生涯の紹介に加えて、展示されている作品もたくさんあります。特に二階にある「穿紅衣的小女兒(赤い洋服を着ている末娘)」という作品は、ぜひゆっくりご鑑賞ください。




 

美術館の前にある中国福建風の建物は、かつて劉啓祥氏のアトリエでしたが、現在、カフェや書店として利用されています。中には、劉氏が1939年に日本で創作した有名な絵「アトリエ」の複製品が見られます。本物は、高雄美術館に所蔵されています。当時、「アトリエ」は、日本最大の美術組織「二科会」の展覧会に入選し、そのことで、劉啓祥が一躍有名になりました。





「アトリエ」という絵の中には、劉啓祥氏自身が描かれ、そのまわりに、異なる衣装を着ている奥さん「雪子」3人が描かれています。大変珍しい表現の仕方だと言われています。この絵には、浮世絵の技法も取り入れられているそうです。





  美術館の横に柳営で最大の名門「劉家」のお屋敷「劉家古」も一見の価値があります。背景を説明しましょう。まず、劉家の先祖「劉茂燕」氏は、中国の福建省出身で、台湾の英雄と呼ばれている「鄭成功」の部下として活躍しました。残念ながら、彼は戦争により、北京で命を落しました。当時、鄭成功の移動により、劉氏のお嫁さん「氏」も息子「劉球成」を連れて、台湾の安平(台南の旧名)に移住してきました。その後、麻豆、査畝営(柳の旧名)に引越し、家族の努力によって柳営で最大の名門になりました。ちなみに、日本で活躍している台湾出身の歌手で版画家の「翁玉(ジュディ•オング」の母のお父さんも劉家の後です。現在の劉家の後は、十代目~十二代目になります。




「劉家古」は、1870年に建てられ、中に入ると、劉家の当時の勢いが今も見られます。一番見所は、「文魁」と「武魁」という額です。劉家の後は、優秀な人が多く、科挙制度に通り、「文挙人(行政官員)」や「武挙人(軍事官員)」も輩出しました。そこで、その職業を示す文魁と武魁の二つの額を見ることができます。




「劉家古」は、左右の屋根から壁へ伸びている「山牆」という所に、獅子のような魔除けの浮き彫りが見られます。


家廟に入ると木製の横梁に彫刻された丸いカボチャのようなものが上に見られます。これらは、「子孫繫栄」という意味を象徴しています。





日本統治時代に入ると、劉家の九代目の「劉明朝」氏が高雄税関長として活躍し、劉家の家の一部は、柳営庄役場(郷公所)や信用組合のオフィスとして利用されました。


「劉啓祥美術記念館」と「劉家古」は、忙しい日常からリフレッシュができる場所です。アクセスは、台湾鉄道の各駅電車に乗って、台南にある柳駅で降ります。それから徒歩で約10分ぐらいでそこに行くことができます。


(許可なく転載することを禁じます)

 




参考

劉啓祥美術記念館

台南市柳営区中山西路三段112号

休館日:月曜日、火曜日

 

 

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1件のコメント


ゲスト
5月04日

「劉啓祥美術記念館」と「劉家古」は、忙しい日常からリフレッシュができる場所です。

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